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2009年09月28日

日教組の横暴 民主の弊害

日本教職員組合(日教組)が反教育基本法改正運動で投じているお金が3億円に上ることが明らかになりました。
現役の教職員が平日から会前でデモに参加しているんだって。

給料もらって、教師代行を他に頼んで、平日の昼間からビラ配りですか。。。

学校教育の中心は誰なの?
こどもたちじゃないの?
日教組の運動に参加している教師は何のために運動やってるの?

現行の教育基本法10条、「教育は、不当な支配に服することなく」という条文を逆手にとって教育委員会の指導を拒否したり、国旗国歌反対運動にするなどの背景があるのであれば、「不当な支配」がどういうものかを条文に記すべきだろうし、教育基本法の趣旨を明確にしていく改正案なら納得できる。

国旗掲揚や国歌斉唱に思想の押し付けだとは思えない。
国家はひとつの共同体で、学校、会社、野球チームや劇団と変わらないんじゃない?
だから学校に校歌がありプロ野球チームにマスコットキャラターがいるように、国旗や国歌はその共同体のまとまりを作るのに必要なんだと思うよ。

問題なのははそのまとまり、団結心といったものが良くない方向(侵略戦争や暴力、犯罪など)に使われることでしょう。
逆に言えばそういった良くないことに「国旗・国歌」を安易に結びつけるのは思考が停止しているとしか思えない。
「国旗・国歌」をどう用いて「共同体のまとまり」と結びつけるか、そのまとまりをどう良い方向に導いていくかか問題になるんじゃない?

日教組は思想・信条を周りの声を無視して子供に押し付けようとする。
これはかなり危険なことですよ!
そういうこどもを洗脳する行為によって、思考が停止した人間を量産する日教組は害悪以外の何者でもありません。

今日の社会的に理想とされる教育はそういった特定の主義・主張・信条に染まらず、自分の頭で物事を考えられる人間を育てていくことでしょう。
現行の教育基本法10条にある、「教育は、不当な支配に服することなく」との規定を犯しているのは間違いなく日教組だろうね。

だから教育基本法も変に大改正しないで、そういう条文の意味をはっきりさせるように修正していけばいいんじゃないかなー、と俺は思うよ。
posted by hirosige at 09:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

2008年12月30日

義務教育について

あるブログから

http://keyword.livedoor.com/w/%e6%95%99%e8%82%b2%e3%82%92%e5%8f%97%e3%81%91%e3%82%8b%e6%a8%a9%e5%88%a9

憲法第26条に、「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」という規定に基づいている。
ここでいわれている「教育」とは、学校において行われるものだけに限られておらず、家庭教育や職場などの社会において行われる社会教育も含んでいる。
したがって、義務教育だけが権利ではない。
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この解説は拡大解釈である。憲法でいうこの権利は,教育機関で教育を受ける権利のことを言っているだけである。社会における教育は法にのっとると言うより道徳の問題である。
 日本は法治国家というが,白人の言う法治国家でなく明文法と並列にある道徳と併せた上での法治国家であるべきだと思う
posted by hirosige at 02:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 先生

2008年12月21日

教職員組合と先生と父兄

教職員組合と言う労働者の組合なんだから労働者である教師を守って当たり前だという理屈なのだ。(たとえそれが痴漢行為を働いたり漢字の知らない先生でもである)
こんな話に必ず出る「まじめな先生もいる」当たり前である。でなかったら先生の存在価値なんぞ無い。問題は一人一人の先生がまじめかどうかで「中には不真面目な先生も居る」こと自身が問題なのである。
私は学校の先生は基本的に信用しないほうがいいと思う。なぜなら私の高校のとき成績の悪い奴がよく行ったコースだからである。威張っているけど先生の学力程度ってそんなものである。その上,世間知らずなら最低の社会人ではないか。だから基本的に先生に子供の教育を任せるのは良くないと思う。その前提で,どの教師なら比較的安心できるかと言うことを(子供の将来に責任を持って)判断するのが親の役割だと思う。
posted by hirosige at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 先生

2008年12月13日

先生の評価

良い先生とは向上心もあり,教え方も上手で,「世の常識」の育成の為に自分の意見と逆の意見を紹介し,「これから君らが決めていきなさい」と結論を押し付けない先生であった。印象に残っているのはゴミ問題を教えながら社会の環境問題という小学生にはある意味非日常の問題の重要さを教え,子どもにとって日常的で具体性のある「ゴミ分別から始まる」「資源を有効にする方法」その両者をうまく教えていた先生の授業を見たときである。
それに反して悪い先生とは父兄のほうばかり眺め,事あるごとに父兄に対する言い訳を考えている先生である。
posted by hirosige at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

2008年12月12日

先生

学校の先生ってどうなんだろう。
最近,先生の不祥事もよく新聞などに載る。で,そんな先生ばかりじゃないって反論もある。これは両方事実だ。だから一般論として先生ってやはり信用が置けるものだと思う。
しかし,
自分の子どもの担任とみたとき,無条件に信じてよいものかどうかいささか疑問に思う。
我が子の例でいうとやはり何人かは悪いと判断しても良い先生がいた。勿論,良い先生もいたけど,,
小学生の息子達は判断能力がないから「どちらもいい先生」という気持ちがあったと思うが,悪い担任だと思ったときは,「あの先生の言うことはあまり聞かなくて良い」といってきた。逆に良い先生と私が判断したときは「あの先生の言うことはしっかり聞きなさい」ともいってきた。
posted by hirosige at 03:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

いじめについて

 いじめに関して 教育再生会議で社会奉仕を義務つけることを提言した。それに対し産経新聞は問題児童に社会奉仕はよい薬である」と主張している。
 いじめは ある種 集団心理であり,それらの子供たちを分離することによって社会奉仕させれば,個々の子供たちによい影響を与えることはある程度効果は期待できるかもしれない。すねている子供の集団も,一人一人と個々に話せば 結構 素直に聞く子供が多いという実態があるからだ。
 しかし社会奉仕といってもどのように参加させるかが問題である。うまく指導しないと「いまどきの子供とその保護者」であるから通り一遍の上っ面な奉仕時間を経過させるだけで済ませてしまえば,ますます社会を舐めてかかりかねない側面もある。
posted by hirosige at 02:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

2008年12月09日

学校 現場

産経新聞 IZA より
 よく拝見しているブログ、「日本大好き、好きです早稲田日記」で、1日の参院教育基本法特別委員会の参考人招致の際に、国民新党が推薦した新しい歴史教科書をつくる会の小林正会長が、民主党の反対で参考人から外されていたことを知りました。
 これは、小林氏が元神奈川県教職員組合委員長でかつ元社会党参院議員という経歴を持ち、日教組について内部も裏側も知り尽くしていることから、日教組出身議員5人を擁する参院民主党が嫌がったのが見え見えですね。
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教育の現場の修正がなかなか出来ない。この60年間,少しずつ形成されてきた教育界のねじれを直すには 多分 同じくらいの機関が必要になるだろうのに,ますます歩みがのろくなる。
posted by hirosige at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

2006年11月04日

靖国問題

 中国とのトップ会談ができなかったのは,靖国問題だといわれているが,本当は江沢民の了解がなかったからで,今後 徐々に胡錦涛総書記の意向が反映された政策が続けばトップ会談も実現されるであろうし,歴史認識問題,靖国問題も日本の知らぬ間に終焉に向かうであろう。(騒ぎにのってバカをみた日本となる?)
 ただ,役人の汚職は上から下まではびこっており,「身内も含め精錬潔白な指導者は誰もいない」といわれる中で,本当の民主化には,あと一世紀くらいかかるのではないだろうか。また,正誤関係なく情緒的な流れに乗りやすい中国民のことを考えると,国際的な立場で見ると 現在の一党独裁体制より民主化したほうがいいとはとは言い切れないのも事実なのだ。アジアでは白人の民主主義は馴染まないのかも知れない。
posted by hirosige at 19:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生

2006年11月01日

国旗・国家について

以前,東京で国歌・国旗問題の違憲判決が出た。要するに国家国旗問題は法的には間違いないが,それに協力しなかった先生たちの処分は行き過ぎであるという判決だ。裁判所としては中庸の判決と考えたのかもしれない。
 この問題を考えるとき,賛成・反対両者とも どうしても情緒で考えてしまう。両者の意見はそれぞれのメディアで紹介されているのでここでは割愛するが,国家・国旗について,私は最も印象的なのは,何年か前のスポーツ(サッカーだったと思う)の国際大会で,他国家の国旗掲揚のとき,日本の選手が相手国に対して無礼な扱いをしたことを思い出す。
 結局,日本の教育の中で国家国旗に対する礼の教育が行なわれていないからである。
反対派には反対派のお説後もっともな意見もあるだろうが,好き,嫌いだけで他国の国旗を燃やすような失礼な人間をつくる教育は,これからの国際社会では通用しないであろう。
posted by hirosige at 17:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 先生
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